神道の分け御霊(ワケミタマ)って、ロウソクの炎のようなイメージ。

こんにちは、神道を浸透!勾玉セラピスト養成講師の初瀬保公映(はつせほ・きみえ)です(๑′ᴗ‵๑)

今日は最愛の師である小野先生の大祓詞勉強会@二子玉川に参加させて頂きました。

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そこで「おおおっ!」という学びがあったのでシェアさせていただきますね。それは…

神道の「分け御霊(ワケミタマ)」の考え方はロウソクの炎のようなイメージ、というお話です。

そもそもに「分け御霊(ワケミタマ)」というのは、私たちの命そのものが神様と同じもの、神様の魂と同じものが私たち一人ひとりに入っている。
私たち一人ひとりが体を持った神なのだよ
というのが分け御霊の考え方です。日本人にとって魂はいくつでも分霊できるものなのですね。

今日は小野先生、その分け御霊の説明をするにあたりロウソクの炎に例えてわかりやすく話して下さいました。
ロウソクの炎は、他のロウソクに火を分けても減りません。
何本、何百本に炎を分けても最初の1本の炎が減ることはありません。
そして分けた先のロウソクの炎は、どれも同じ炎です。
分けたら別の炎だよ!ということにはなりませんよね。

神様の魂の分霊も、それと同じイメージ(๑′ᴗ‵๑)
神様の魂を最初の1本のロウソクの炎をだとして、それを次々に人に分けて行っても決してその炎は減りません。
そして私たちのロウソクの炎、つまり魂は神様と同じものなのです。

なんてわかりやすい説明なのかとしみじみ感動しました。
火=霊(ヒ)、言霊もつながっています。

私たち一人ひとりが体を持った神だからこそ、霊性を体にとどめると言う意味で霊止(ヒト)と書きます。
「自分」と言う言葉は「自ら分かれてくる」、つまり自ら神様の分霊となって地上に降りてくるという意味です。
「自尊心」という言葉も、「自らをミコト(尊=神様)とする心」という意味です。

「自尊心」についてはささなおさんのブログのこの記事をご参照ください♡
◎【おんコン】自尊心とは何か

今日の勉強会も学びの深い時間でございました。小野先生、今日もありがとうございましたヾ(*´∀`*)ノ

 

2016-09-24 | Posted in 学びNo Comments » 
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